1/29(木)映画「一八九五上映」+アフタートーク
18〜20時;映画上映
20〜21時;アフタートーク
岡真理(早稲田大学教員)/中村一成(ジャーナリスト)/森川輝一(京都大学教員)/駒込武(京都大学教員)
主催;自主講座「認識台湾」/人間・環境学研究科細見和之研究室

18〜20時;映画上映
台湾映画「一八九五」(110分・日本語字幕付き)
監督;洪智育・陳義雄/2008年/客家語・閩南語・サイシャット語
下関講和条約は、清国が台湾と澎湖諸島を日本に「割譲」することを定めた。この知らせは、台湾の官民にとって驚愕動地の出来事であった。
台湾では在地の有力者が中心となって清国政府に血書の抗議文を提出。1895年5月23日に「台湾民主国」独立宣言を発した。副総統に就任した丘逢甲(きゅう・ほうこう)による義勇軍結成の呼びかけに応えて、義勇軍の総統に選ばれたのは呉湯興(ご・とうこう)であった。
呉湯興は中国広東省にルーツをもつ客家の出身。北白川宮能久の率いる近衛師団が台湾北東部に上陸して進軍を始めると家族の反対を押し切って客家義勇軍を組織、それまで対立していた閩南人(福建省南部にルーツを持つ漢人)や先住民族サイシャットの援軍も得ながらゲリラ戦を展開した。だが、思い思いの農具や包丁などを「武器」とする台湾住民の抵抗は精強な武器を持つ日本軍に次第に追い詰められていく。
いっぽう、軍医として北白川宮に仕えていた森鴎外は、この「戦争」をどのように見ていたのか……。

