北村嘉恵講演会◎「非対称な戦争の記憶を掘る―台湾先住民族の歴史経験と日本社会」(2025.7.31)

7月31日に連続セミナー「台湾:継続する植民地戦争」の第4回を開催し、北村嘉恵さんに「非対称な戦争の記憶を掘る―台湾先住民族の歴史経験と日本社会」というタイトルでご講演いただきました。録画を公開しましたので、ぜひご視聴ください。(壇上の画像をぼかしているほか、とりわけ最初の20分ほど音声が不鮮明です。ご了解ください)

北村さんのご講演では、台湾東部の花蓮に近い、先住民族アミの集落・七脚川社(チカソワン)の歴史をめぐって「非対称な戦争の記憶」を浮き彫りにしています。

1908年、七脚川社(チカソワン)出身の人びとが「暴動」を起こしたことを契機として日本側が警察隊や軍隊を集中的に投入、およそ3ヶ月にわたる「大討伐」で「反抗蕃」の集落を焼き払いました。先住民居住地域のなかで、日本軍警がすでに鎮圧した地域と、いまだ鎮圧していない地域の境界線は「隘勇線」と呼ばれ、電気を通した鉄条網がはりめぐらされたました。日本側は焼き払った集落の跡地に官営の移民村・吉野村を開設、他方、生き延びたアミの人々は長く逃避行と離散を余儀なくされます。

2010年代以降、七脚川社(チカソワン)にルーツをもつ人びとが苦痛に満ちた記憶に向き合いながら七脚川社事件にかかわる歴史を記述し、紀念碑を建立する一方、日本側ではいまだに靖国神社の灯籠に「七脚川社討伐」を称えるレリーフを掲げています。

圧倒的な軍事力を背景に台湾先住民居住地域を囲い込み、じりじりと狭めていく「隘勇線」は、パレスチナのガザ地域を囲い込む巨大な「壁」を思い起こさせます。

今日のパレスチナにおけるジェノサイドをさまざまな形で目撃している人びとにとって、今から30年後、50年後、あるいは100年後にイスラエルで「2025年のガザ討伐」を称える記念碑を掲げていたとしたらと考えると、慄然とすることと思います。

その慄然とすべきことが、現にいま、この日本という国で生じていることに気付かせてくれる講演となっています。

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