①柯宗明/栖来ひかり訳『陳澄波を探して 消された台湾画家の謎』(岩波書店 2024年 3300円)

舞台は1984年の台湾、若い男女のカップルが謎の画家・陳澄波(ちん とうは、1895~1947)の知人を訪ね歩くなかで、陳澄波の生きた時代の息苦しい空気を知り、その作品に込められた謎を次第に解き明かしてゆく。
推理小説仕立ての展開に台湾史のエッセンスを凝縮した原作、ホーロー語(台湾語)、北京語、上海語の入り交じるテキストをルビの工夫を交えて翻訳した訳文、そして陳澄波の絵画そのものの魅力、それぞれに素晴らしい表現のコラボが、日本統治期に台湾人芸術家たちが直面した苦難と、そのなかで追い求めた夢や理想をくっきりと浮かび上がらせる。臨場感をもって台湾史を「感じ取る」ことのできる稀有の一冊。

画像

②楊双子/三浦裕子訳『台湾漫遊鉄道のふたり』(中央公論新社 2023年 2200円)

全米図書賞(翻訳部門)を受賞した小説。舞台は1938年の台湾。女性同士の親密な関係性を描いた百合小説であり、鉄道小説、あるいは台湾グルメ本としても楽しめるのだが、日本人女性作家・青山千鶴子のひとりよがりな「善意」に対して、台湾人通訳・王千鶴がその「善意」をきっぱりと拒絶しながら「内地人と本島人の間に、平等な友情は成立しないのです」と告発する点にこそ本書の核心があるようにも思える。
男女の関係ではなく百合小説だからこそ恋愛に回収せずに植民/被植民の不平等を可視化することができたと論ずる赤松美和子『台湾文学の中心にあるもの』(イースト・プレス, 2025年)とあわせて読みたい。

画像

③林景明『日本統治下台湾の「皇民化」教育 私は十五歳で「学徒兵」となった』(高文研 1997年 1980円)

1945年、わずか15歳で学徒特設警備部隊に召集された林景明(りん けいめい、1929~2016)は、この自伝的著作において、戦争中の日本人教師たちの尊大な態度に感じた疑問や、戦争が終わったときに台湾語で歌を歌おうとしたものの日本語でしか歌えなかった悲しみについて記している。
さらに、戦後台湾における恐怖政治を逃れて日本に渡ったところ、戦争中は強制的に「日本兵」とされた自分が、今度は「外国人」だからと国外退去を迫られる不条理を批判している。
「親日台湾」というイメージとは対照的な鋭い告発にたじろがざるをえないが、その声は日台のより深い相互理解への招きでもあると受け取るべきであろう。

画像

④洪郁如『誰の日本時代  ジェンダー・階層・帝国の台湾史』(法政大学出版局 2021年 3080円)

本書に記された通り、かつて植民地だった台湾にかかわる記憶は、戦後日本でら蒋介石のイメージにより「上書き」された。1990年代以降、李登輝が日本語により発信したことなどを通じて台湾の存在が再発見される中で、「親日台湾」というイメージが形つくられた。だが、その場合の「台湾人」とは誰なのか?「日本時代」に学校教育から排除された多数の非識字者はそこに含まれているのか?
本書では、ジェンダーにかかわるギャップ、農山漁村と都市部、労働者層とエリート層、それぞれの間の記憶の断層にわけ入りながら「われわれの歴史」を明快に語れない苦しみそのものが「数世代にわたり刻印された植民地主義そのもの」であると語る。

画像

⑤黄昭堂『台湾総督府』(ちくま学芸文庫 2019年 1330円)

台湾近代史研究の開拓者が日本統治期を中心に概説した書物の復刊。台湾先住民を「高砂族」と表記する点など、1981年刊行当時の時代的制約を思わせる表現もみられる。だが、大陸では中華民国成立以後に「中国人」意識が形成されたのに対して、それよりも早く日本に植民地化された台湾では「台湾人」意識が形成されたとする骨太な解釈を提示している。さらに日本の導入した近代的学校教育を高く評価すべきと論じながら、高度な教育機会や就職をめぐる差別が「台湾人の長期的政治人材欠乏」につながったという指摘など、複眼的で奥行きある歴史観が、今日でも新鮮な発見に満ちた歴史叙述を構成している。

画像

⑥大東和重『台湾の歴史と文化 六つの時代が織りなす「美麗島」』(中公新書 2020年 990円)

首都台北ではなく南部、とりわけ古都である台南に視点をすえて、文学作品や回想録を駆使しながら、在台日本人を含めて台湾に住んでいた人びとのさまざまな「声」を浮かび上がらせる。「離島と山岳地帯―台湾の先住民族」「平地先住民族の失われた声―平埔族とオランダ統治」「台湾海峡を渡って―港町安平の盛衰とオランダ統治」「古都台南に残る伝統と信仰―清朝文化の堆積」「日本の植民地統治―民族間の壁と共存」「抑圧と抵抗―国民党の独裁と独立・民主化運動」「民主化の時代の台湾」という構成で、「伝統的な、地域性の豊かな台湾」を描き出している。美味しい屋台料理のガイドともなっているほか、巻末の「読書案内」も充実。

画像

⑦游珮芸・周見信/倉本知明訳『台湾の少年』(全4巻 岩波書店2022~2023年 2640円)

台湾現代史の語り部として知られる蔡焜霖(さい こんりん、1930~2023)を主人公とする歴史グラフック・ノーベル。
第1巻「統治時代生まれ」は読書好きの少年期から中学校在学中に日本軍に召集された青年期、第2巻「収容所島の十年」は政治犯として絶海の孤島たる緑島に幽閉された10年間、第3巻「戒厳令下の編集者」は獄中を一緒に過ごした友人らとともに児童雑誌を編集した壮年期、第4巻「民主化の時代へ」は戒厳令下の国家暴力を語り伝える活動に従事した時期をおもにとりあげる。
あまりにも苛酷と見える足跡も、蔡焜霖自身の愛した「漫画」という形式をえることにより翼をえて広がることが可能となった。

画像

⑧家永真幸『台湾のアイデンティティ 「中国」との相剋の戦後史』(文春新書 2023年 1210円)

なぜ台湾では、同性婚の合法化など社会の多様性や少数者の権利を重んじる思想が広く共有されているのだろうか?著者は、このように問いを立てたうえで、「一党支配下の政治的抑圧」「人権問題の争点化」「大陸中国との交流拡大と民主化」「アイデンティティをめぐる摩擦」という章立てで台湾の戦後史をたどりる。そして、親中/反中、親日/反日という対立軸の根底に「国家暴力に怯えなくてもよい社会への渇望」を見出し、この渇望こそが今日のような政治体制を成立させる原動力だったのではないかと論じる。陳映真、林景明、劉彩品などの「人」をめぐる物語を起点としながら、政治史や外交史の知見も織り交ぜた記述はバランス感覚にもすぐれている。

画像

⑨高妍『隙間』(全4巻 KADOKAWA 2025年 902円)

「歴史は今日も紡がれる。私とあなたがいるから」。台湾出身の高妍による漫画『隙間』のなかのメッセージ。
主人公である女子大生・楊洋(ヤンヤン)は、台湾における同性婚の保障などのイシューにかかわるなかで希望と絶望のあいだを揺れ動き、留学先である沖縄においてその振幅はさらに激しいものとなる。迷いながら、つまづきながら、“歴史”とは動かせないもの、変わらないものではなく、いま「私」と「あなた」がどのように受けとめ、どのように紡いでいくかによって姿を変えることが鮮明になっていく。その場合の大切な「あなた」は生まれ育った土地における祖母や恋人であるかもしれないし、ほとんど縁もゆかりもなかった土地で出会った友人であるかもしれない。繊細なタッチの絵を通じて新しい未来の可能性がひっそりと浮かび上がる。

画像

⑩駒込武編『台湾と沖縄 帝国の狭間からの問い』(みすず書房2024年 3300円)

今日の日本では「台湾有事」を口実として、沖縄を含む南西諸島の島々の軍事基地化を進めている。他方で、中国の軍事的脅威は虚構に過ぎないという意見もある。だが、台湾を八方から封鎖する中国の軍事演習に目を向けるならば、偶発的衝突をきっかけとして戦火が拡大する可能性も否定できない。
沖縄を犠牲にするのか、台湾を犠牲にするのか、ともすれば二項対立な議論に陥りがちだが、実は台湾も沖縄も「帝国の狭間」で外来者に運命を左右され、自己決定権を否定されてきた点で共通性をもつのではないか? 台湾も沖縄も犠牲にせずに東アジア全体の「平和」を実現する道はないのか? そうした問題を考えるために開催したシンポジウム、往復書簡、座談会などを収録する。

画像

⑪ユーフォリアファクトリー編『TRANSIT 66号 台湾の秘密を探しに。』(講談社MOOK 2024年 1980円)

「ムック本」ということでちょっと凝った旅行ガイドのようなものかと思ったら大間違い。写真は台湾の空気感をビビッドに伝え、エッセイは人びとの日常のなかに存在するドラマをさりげなく描く。まるで上質な映画を見ているかのような印象。
「「親日国」の胸のうち」「ニホンゴが聞こえる村」など歴史を扱ったパートでは、「親日」というイメージでは尽くせない複雑な胸のうちに着目し、「台湾カルチャー」をあつかったパートでは、アート、文学、建築、テレビドラマ、映画…などジャンルを横断しながら「自分たちのアイデンティティを模索し、行動し、声をあげ、自分たちの台湾をつくろうとしている人びと」の多様な表現へいざなう。

画像

⑫吉田瑠美編『台湾光譜1 光のかけら、記憶のつながり』 (2025年 1760円)

2025年夏に京都で開催された「台湾光譜 in Kyoto」の講師陣が、それぞれ独自の切り口で台湾の文化や記憶の奥行きを多角的にひもといた、読みごたえあるエッセイ集。画家・絵本作家である吉田瑠美が台湾光譜代表として企画・編集、ブックデザインも凝りに凝った、宝物箱のようなZINE(自主的出版物)。台湾光譜online shopにて取扱中(2025年末までの期間限定)。
主な内容:60 パーセント台湾!(栖来ひかり)/原住⺠だった私(エリ・リャオ) /ヤユツ・ベリヤの出郷と還郷―台湾と京都の距離(北村嘉恵) /「台湾は中国の⼀部」なの?(駒込武)/旅を編む『台湾⼿帖』(⽥中六花)/湾⽣望郷(松本洽盛)ほか

画像