絵本と同様に、映画は歴史的背景など気にかけずともそれ自体として楽しむことができます。でも、映画の一場面が、どんなぶ厚い本よりも深く鋭く歴史のリアリティを感じさせてくれることもあります。『こぐまのララはうたう』の背景となる「白色テロ」についても、ひとりひとりの人間をめぐる物語としての奥行きを、ヒリヒリとした空気感とともに描いた映画が少なくなりません。自主講座「認識台湾 RenshiTaiwan」が、台湾近現代史を知るという観点からセレクトした映画を紹介させていただきます。おおよそ映画が対象とする時代順に配列しています。現在、14本。今後、すこしずつ更新していく予定です。
①『無言の丘』
原題:無言的山丘 英題:Hill of No Return、1992年。監督:ワン・トン(王童) 脚本:ウー・ニエンチェン(呉念真)
王童監督による「台湾近代史3部作」の第1作(製作年ではなく対象とする時期による順番)。『悲情城市』の脚本を担当した呉念真が、坑夫だった父や祖父から伝え聞いた話を交えて脚本を構成している。
物語の舞台は1920年代、ゴールドラッシュの噂を聞きつけた台湾人の兄弟が、藤田組(現在のDOWAホールディングス)の経営する瑞芳鉱山(九份の近郊)で金採掘に従事する。わずかな賃金を娼館で使い果たす鉱山労働者の暴力的で猥雑な世界と、蓄音機のクラシック音楽に耳を傾ける日本人鉱山長の優雅な世界は天国と地獄ほどに対照的。だが、物語の進行のなかで自らの手は汚さずに黄金を集める日本人植民者の貪欲こそ悲劇の根源であることが浮き彫りにされる。2024年にデジタルリマスター版が日本でも公開、30年の歳月を経て映像も物語も驚くほどの新鮮さに満ちている。
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②『餘生 セデック・バレの真実』
原題:餘生、2014年。製作:ウェイ・ダーション(魏徳聖) 監督:タン・シャンジュー(湯湘竹)
「餘生」は生き残ったサバイバー、「セデック・バレ」は真の人の意味。霧社における先住少数民族セデックの武装蜂起を描いた映画『セデック・バレ 第一部 太陽旗/第二部 虹の橋』(監督・脚本:魏徳聖、2011年)の制作にかかわるドキュメンタリー。ロケやセットも出てくるものの、単なるメイキング映像ではない。
俳優たちのセデック語指導にあたったDakis Pawan(郭明正)らサバイバーにつらなる人物が事件の現場を訪ね歩き、支配者により分断されてきた人びととのあいだで困難な対話を重ねる。その姿は、かつての「宗主国」の民への鋭い問いかけともなっている。セデック発祥の地を目指して歩く旅のなかで映し出される山々の光景は息をのむほどに美しい。
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③『村と爆弾』
原題:稲草人 英題:Strawman、1987年。監督: ワン・トン(王童)、脚本:ワン・シャオディ(王小棣)、ソン・ホン(宋紘)
王童監督による「台湾近代史3部作」の第2作。太平洋戦争のさなか、農村で暮らす兄弟が主人公。妹は日本軍に徴集された夫の死を知って気がふれ、大切な牛は徴用され、畑には不発弾が落ちる…。あまりにも不条理な現実なのだが、その現実を生き抜く人びとを一歩引いた視点からユーモラスに描く。日本人は「悪者」のはずなのだが、上司の前では小心翼々とする滑稽な存在であったりもする。
戒厳令下(1949~1987)に台湾史の研究も教育もほぼなされなかったことを考えれば、この映画が戒厳令の解除された1987年に公開されたのは不思議なのだが、民衆のあいだで語り伝えられた歴史を形にしたということだろう。戒厳令間もない時期だったからこそ、「もう笑うしかない」という底つき感と、これに由来する不思議な「明るさ」が画面ににじみ出たとも感じられる。
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④『緑の牢獄』
原題:綠色牢籠 英題: Green Jail 2021年。監督:黄インイク(黃胤毓)
台湾から約300キロ東に位置する西表島で、単身ひっそりと暮らす台湾出身女性に密着したドキュメンタリー。橋間良子は、1930年代、10歳のときに養父に連れられて西表の炭鉱に移住、戦後わずかな台湾滞在を経て西表にもどり、終生そこで暮らす。老女の記憶を媒介として、離れ小島という「緑の牢獄」に閉じ込められた台湾人坑夫たちが剣劇に興じ、麻薬中毒とさせられる姿が幻影のように現れる。映画は決して声高にならずに、「故郷」から引きはがされ、「日本史」からも「台湾史」からも置き去りにされてきた歴史の重みを淡々と差し出す。映画づくりのための調査と撮影の過程を記した黄インイク著『緑の牢獄 沖縄西表炭坑に眠る台湾の記憶』(2021年、五月書房新社)も名著。
緑の牢獄 : 作品情報・キャスト・あらすじ・動画 - 映画.com緑の牢獄の作品情報。上映スケジュール、キャスト、あらすじ、映画レビュー、予告動画。沖縄を拠点に活動する台湾出身の黄インイクeiga.com
⑤『阿媽アマーの秘密』
原題:阿媽的秘密 英題:A Secret Buried for 50 years 1998年。監督:ヤン・ジャーユン(楊家雲)
台湾人元「慰安婦」被害女性に関する初のドキュメンタリー映画。クランクイン(1998年5月9日)直前には山口地裁下関支部で日本政府に韓国人元「慰安婦」被害女性に対して国家賠償を命じる「下関判決」が出たため、台湾人元「慰安婦」被害女性と支援団体の台北市婦女救援基金会(略称:婦援会)もまた、同作撮影時には期待のなかで提訴(1999年)を準備していた。映画製作の目的も、裁判に役立つ被害実態の究明にあった。裁判自体は2005年に最高裁で敗訴が確定するが、この映画には今日ではもはや直接声を聞くことのできない13人の台湾人元「慰安婦」被害女性による証言のほか、2名の台湾人元日本兵による「慰安所」に勤務した経験、憲兵として駐屯した先で「慰安所」が設置されていた事実など、被害を裏付ける貴重な証言が記録されている。婦援会製作の日本語字幕付きDVDは『葦の歌』との二枚組。
⑥『葦の歌』
原題:蘆葦之歌 英題: Song of the Reed 2015年。監督:ウ・シュウチン(呉秀菁)
台湾人元「慰安婦」被害女性6名の晩年(日本での裁判で敗訴が確定した後)に光をあてたドキュメンタリー。製作にあたった台北市婦女救援基金会は、性暴力・性差別に脅かされる女性たちの権利を求める活動の一環として、元「慰安婦」が日本政府に謝罪と補償を求めた裁判の支援、心身をケアするワークショップをおこなってきた。この映画では、女性たちが自らの心身の深い傷に向き合いながら、これと和解していくプロセスを、全体として軽快な音楽と笑顔のなかに描き出す。映画の最後に登場する「傷ついた葦は/折られることがない」「消えかけた灯も/消されはしないのだ」というイザヤ書の章句は人間の生命力の深さを示唆するとともに、正義の修復への呼びかけともなっている。
DVD 蘆葦之歌(2枚組) 日文版 - 株式会社 内山書店 中国・アジアの本www.uchiyama-shoten.co.jp
⑦『島から島へ』
原題:由島至島 英題:From Island to Island 2024年。監督:ラウ・ケクフアット(廖克發)
植民地支配の下で「日本軍の一員」として南洋に派遣された台湾人は現地で何をしたのか。マレーシア出身で、現在台湾で活躍する監督が、シンガポールやマレーシアでの日本軍による華人虐殺事件に「台湾人日本兵」が加わっていた事実、戦争前から南洋に生活していた民間台湾人が「敵性国民」として財産を没収され強制収容所に入れられた事実など、被害と加害が複雑に入り組んだ歴史の深層に迫ったドキュメンタリー映画。息を呑む証言の数々に5時間の長尺も一瞬に感じるほど。本作公開と同じ2024年に公共テレビで放映され話題になった南洋の台湾人日本兵を主人公にしたドラマ『聽海湧』(2024年、孫介珩監督)と同じく、台湾史研究者の藍適齊が歴史顧問を務めている。
「たとえ誰の苦しみであれ、個々人の苦しみが認識されることを願っています」という廖克發監督の言葉は今日の日本社会に対する鋭い問いかけともなっている。
由島至島——記憶與對話 From Island to Island: Memory and Dialogue記憶像水一樣流動 我們可以選擇如何記憶fromislandtoisland.com
⑧『悲情城市』
英題: A City of Sadness 1989年。監督:ホウ・シャオシェン(侯孝賢) 脚本:ウー・ニエンチェン(呉念真)/チュー・ティエンウェン(朱天文)
1989年の第46回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞。戦後初期の台湾・九份を舞台とした、あまりにも著名な作品。
二・二八事件(1947年)のことをよく知らず、北京語(中国語)とは異なる言葉がホーロー語(台湾語)や上海語であることもよくわからないままに観ると、複雑な人間関係を読み解けず、途方に暮れるところもある。それでも、見通しのきかない、薄暗い空間のなかで次々と人が亡くなり、残された人びとが大きな丸テーブルを囲んで黙々と食事を続ける情景が心に残る。悲しみのなかにあっても、あるいは悲しみのなかにあるからこそ「食べる」姿の厳粛さが、深い慰めに満ちた音楽と相まって心を震わせる。台湾では2023年にデジタルリマスター版が公開されて多くの聴衆を集めたという。日本でもリマスター版の公開が待たれる。
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⑨『牯嶺街少年殺人事件』
英題:A Brighter Summer Day 1991年。監督:エドワード・ヤン(楊德昌) 脚本:エドワード・ヤンほか
『悲情城市』と並ぶ、台湾ニューシネマの代表作。主要な登場人物は、戦後に国民党政府とともに大陸から台湾に渡った「外省人」。主人公たる少年・小四はかつて日本人官吏の居住していた官舎に住むエリートではあるものの、父親が中国共産党の工作員とのつながりを疑われて警察の取り調べを受けるなど不安の影がついて回る。
エドワード・ヤン監督ならではの映画的な気配に満ちた空間のなかで、時代のあやうさが若者同士の抗争やほのかなラブ・ロマンスともからまり合いながら決定的な破局へと向かう。2017年にデジタルリマスター版公開。
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⑩『バナナ・パラダイス』
原題:香蕉天堂 英題: Banana Paradise 1989年。監督:ワン・トン(王童) 脚本:ワン・シャオディ(王小棣)ほか
王童監督による「台湾近代史3部作」の第3作。日本の敗戦後ほどなく中国大陸で始まった国共内戦のさなか、山東省出身のふたりの若者が台湾に行けば「バナナ」という見知らぬ果物を腹いっぱい食べられるという噂にも誘われ、国民党軍にまぎれて台湾に渡る。だが、台湾で兄貴分は共産党シンパという嫌疑で拷問を受けて気がふれ、弟分は亡くなった人物になりすましながら、「偽名」「偽装結婚」のままありとあらゆる職業をこなしながら生きる。
なにが「ホントウ」でなにが「ウソ」なのかよくわからなくなる複雑な奥行きを持った、泣き笑いの世界を王童監督が鋭い人間観察眼で描き出す。
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⑪『スーパーシチズン 超級大国民』
原題:超級大國民 英題:Super Citizen 1995年。監督:ワン・レン(萬仁) 脚本:ワン・レンほか
1950年代末、拷問に耐えかねて友人の名前を告白してしまった主人公が、牢獄と養老院で過ごした30年あまりの歳月を経て、自分の身代わりとして銃殺された友人の墓を探して歩くロードムービー。
「軍艦マーチ」が日本軍兵士として出征した記憶を呼び覚まし、「反攻、反攻、大陸去!」と歌う行進曲が蒋介石の時代にタイムスリップさせる。「白色テロ」という政治弾圧の波にうまく乗った元警察官が自分の家族を守り通す一方、いまは亡き友人の赦しをえたいという願いにつき動かされる主人公の行動は残された家族をさらに引き裂くものとなる…。民主化の進行した1990年代にも「白色テロ」の傷が孤独のなかで疼いていることを示すとともに、どうしてもとりかえしのつかないことをどうしてもとりかえしたいという祈りも似た思いを表現する。
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⑫『返校 言葉が消えた日』
原題:返校 英題:Detention 2021年。監督・脚本:ジョン・スー(徐漢強)
1962年の高等学校が舞台、「自由が罪になる世界」において読書会にひそかに参加して「自由」について学ぼうとした生徒・教師たちが、密告、拷問、処刑へと追い込まれていく過程をサイコ・ホラー・タッチで再現する。
台湾で大ヒットしたゲームを翻案したという由来からしても、エンタメ的な性格が強く、「政治」や「思想」をめぐる問題をリアルにとりあげているわけではない。だが、エンタメでもなければ自分自身の恐怖心と向き合うことは難しく、自分自身の内部にある恐怖心と向き合うことができなければ台湾「白色テロ」を想像し追体験することも難しいと考えれば、エンタメ的なるものの可能性を政治に向けて切り開いた作品ともいえる。ハラハラドキドキの連続の末に流れるエンディング音楽の美しさにホロリとさせられる。
返校 言葉が消えた日 : 作品情報・キャスト・あらすじ・動画 - 映画.com返校 言葉が消えた日の作品情報。上映スケジュール、キャスト、あらすじ、映画レビュー、予告動画。2017年に発売された台湾のeiga.com
⑬『海角七号 君想う、国境の南』
原題:海角七號 2008年。監督・脚本:ウェイ・ダーション(魏徳聖)
台湾最南端の街・恒春で青年ミュージシャン・アガは、急ごしらえの前座バンドをつくる羽目に陥る。ハーモニカ担当は先住民族の元警察官、ベース担当は客家系のセールスマン、キーボード担当はホーロー語の話せない小学生。デコボコで不揃いな顔ぶれのこの前座バンドが、独特のハーモニーを奏でるにいたるプロセスが物語の縦糸となる。そこに60年前の日本人引き揚げ当時と現在と2つの恋愛物語が横糸としてからまり合い、日本語でしか歌を歌えない祖父母世代と、そうした姿に戸惑いを覚えてきた若者世代のギャップが埋められる可能性が示される。全体としては軽快なコメデタッチの「青春恋愛映画」なのだが、歴史が台湾社会に刻み込んだいくつもの断層を克服したいという願いがさりげなく埋め込まれているようにも思える。
海角七号 君想う、国境の南 : 作品情報・キャスト・あらすじ・動画 - 映画.com海角七号 君想う、国境の南の作品情報。上映スケジュール、キャスト、あらすじ、映画レビュー、予告動画。2008年に台湾で公開eiga.com
⑭『私たちの青春、台湾』
原題:我們的青春在台湾 英題:Our Youth in Taiwan 2017年。監督:フー・ユー(傅楡)
2014年の台湾ヒマワリ学生運動と、その後を描いたドキュメンタリー。中国との経済的な統合に反対して立法院を占拠したヒマワリ学生運動は台湾の若者のパワーを世界に知らしめた。この映画は運動が高揚する過程をたどりながら、他方で運動のリーダーたる陳為廷が痴漢の常習犯であった事実や、中国人留学生蔡博芸が運動のなかで疎外感を抱いていた事実に光をあてる。
やがて監督みずからがスクリーンに登場して自分自身の理想を他者に勝手に投影して、勝手に「裏切られた」と感じていることへの戸惑いについて語り始める…。いわゆる「青春ストーリー」とは対照的な苦々しさが浮き彫りとなるのだが、そうした高揚と失意の繰り返しこそまさに「青春」を象徴するものなのだとまぶしくも感じられる。